ROCK CD & DVD BUYER'S GUIDE III

一応、風景写真がメインです

京都遷都論

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今、京都のあちこちの公共施設では文化庁の移転決定を大々的にアピールしております。

まぁ日本の文化の宝庫である京都への移転は喜ばしいことかもしれませんが、文化庁ごときの移転にとどめてはなりません。

やはり、天皇陛下に一刻も早く京都御所へ戻っていただかないと!


今日は関西の番組で明治天皇の玄孫である竹田恒泰氏が「京都遷都論」を唱えてました。
彼は陛下が御所に戻るだけでなく、首都機能も京都に移す論を展開していましたが、私は首都機能が京都に来るのは反対です。
今でさえ京都は私の幼少のころに比べて変わり果てた姿になってしまっているのに、これ以上変なビルが乱立することによって京都の景観や環境を損ねてはなりません。
首都機能は他の都市に分散させるべきですが、そうなると「首都=京都」を主張しているわけではないということになります。ある意味、首都なんてものは東京のままでも便宜上いいのです。
あくまで主張したいのは天皇陛下の居住地、つまり「都(みやこ)」を京都にすべきということです。

下の写真をみてください。先日、東京駅周辺を散歩したときに撮影したものです。

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ご存じ、皇居ですが、とてつもない石垣と堀に囲まれています。
皇居は江戸城の跡地をそのまま使っているんだから当たり前です。

今の皇居と呼ばれるものは、徳川家の財産を維新のどさくさに紛れて政府が乗っ取って、天皇の居住地とした経緯がありますが、今日竹田氏が指摘していましたが、平城京平安京遷都などの際に出ていた「遷都の詔(みことのり)」が、「東京への遷都」の際は天皇から出されていないのです。
江戸城を皇居、そして首都を東京としたのはホンマ、どさくさ紛れのいい加減感が満載なのです。

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(2013/04/05)
上の写真は京都御所です。

ジャーナリストの青山繁晴氏がよく言ってますが、ご覧のように御所は塀には囲まれていますが、巨大な石垣も堀もない。
「城」なんてものは「戦」前提で築かれた戦国時代以降のシロモノであって、権力争いと本来無関係な存在であるはずの天皇の居住地にそのようなものは不要。
「城」に陛下がお住まいになるなどおかしな話なのです。

間もなく東京にくるであろう巨大地震などの災害から守るためにも・・と竹田氏は言ってましたが、これについては京都でも地震は今後あるかもしれません。
しかし、地震そのものについては耐震構造のものであれば、変な高層マンションやビルでもない限り安全です。
地震よりもやはり恐ろしいのは津波でしょう。
東北の震災を見る限り、沿岸部は例え湾とはいえ津波は想定すべきです。
これの可能性が盆地の京都ではゼロなだけでもアドバンテージは高い。

京都への首都機能移転は反対ですが、陛下がおられなくなった東京はそのうち人やモノの流れも変わり、地方に分散していくかもしれません。
日本が斜陽していく根本原因である東京一極集中(私の持論ですがw)が解消されれば、日本の経済にも相当なプラスとなるはず。

我々が生きているうちか、それとも死んでからかはわかりませんが、いつかは東京に巨大地震などの大災害が発生するでしょう。
そのとき、あの異常に人間だらけの状態ではとんでもない死傷者と損害を生み出し、日本は壊滅状態に至ります。
それを避ける一歩として、都を京都へ戻すことは冗談抜きで大切なことです。

私は今日、竹田氏が番組で語っているのを聞くまで知らなかったのですが、「高御座(たかみくら)」と呼ばれる言わば天皇玉座は現在、京都御所の紫宸殿(ししんでん)に安置されています。
じゃあ、現在の皇居に高御座はあるのかというと、高御座はあくまで世の中にひとつだけ。
つまり皇居にはないのです。

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上の紫宸殿の写真では見にくいでしょうが、中心奥に鎮座しているのが高御座。

Wikiによると、明治天皇大正天皇昭和天皇の即位の大礼はこの高御座がある京都御所にて行われていて、今上天皇の場合は皇居で行われたものの、わざわざ高御座を京都御所から陸自ヘリにて運んだんだそうです。
即位の礼が終わるとまた御所に戻すなど、やってることに相当無理がありすぎですw
京都御所に戻られれば全てはしっくりくるのです。

徳川家がたまたま幕府を開いたのが江戸であり、そこを間借りしている状態がつづく今の皇居と、1200年もの長期に渡って歴代の天皇が京都を都としたのとでは重みも意味も全く違います。
そこには先人たちの知恵と深い理由があったはずなのです。


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