ROCK CD & DVD BUYER'S GUIDE III

一応、風景写真がメインです

脱線事故から4年の現場

事故から4年となったこの日は午前中大雨。

JR西日本はこの日、これまでの節目の日と同様とんでもない大人数をかけて対応。
福知山線の尼崎駅、宝塚駅や大阪など7駅にて記帳所を設け、西日本の広報の社員も配置。
常設されている献花台がある脱線現場にはガードマン他社員も数十人を配置、追悼慰霊式が行われた尼崎のアルカイックホールでも同様で、これら2箇所と2箇所の中間位置にある尼崎駅とを結ぶ臨時シャトルバスを朝から晩まで10分おきに走らせた。単にバスと運転手を走らせているわけではなく、そのバスには常に社員ひとりを添乗させた。頻繁に走る小型バスの大半は乗っている利用者も2~3人で、誰も乗っていない場合もあるほど。
とんでもない経費と思われ、この日の対応は完璧と言わざるを得ない。(どっちかというと過剰か)


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マンション横にある献花台への入り口。お焼香・献花するところはマンションより更に奥にあるJR西日本が設置したものと、事故現場となったマンションの角にご遺族が建立した仏像のところと2箇所ある。

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大雨だったが、雨合羽を着た人、スーツを着た人など男女多数のマスコミがまだ来ていた。
ホント、女性もずぶ濡れになって走り回っていた。

事故が起こった9時18分直前に現場を通り抜けた電車は極端に速度を落とし、警笛を鳴らして被害者の冥福を祈った。それを前後してJR西日本は脱線現場となる線路と献花台を遮っていた幕を開けた。

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(9:19)

この日の対応は慰霊式自体は参加していないので知らないが、他の様子は過剰なくらい完璧だったが、今なお被害に遭われた方々の間でJR西日本の事故原因究明などの対応について不信感を募らせている。