絶滅種「クニマス」の発見と「釣りキチ三平」の偉業
70年代から80年代前半にかけて、日本では空前の釣りブームに湧いた。
このマンガは釣りの面白さを読者に伝えるだけでなく、釣りのマナー問題、自然保護の大切さや環境問題も取り上げていて、それはそれは学ぶことの多いマンガでした。
ワタクシは釣りは幼少時から興味なかったんですが、「釣りキチ三平」が豪華版や文庫本などとして過去のものを編集しなおして発刊されることが多く、成人後にそれらを改めてに手にとって読んだ時、小さい時に読んだ感じとはまた違った視点でその面白さに気付いて、それの影響もあって当時大ブームだったバス釣りなんかを始めたりもしました。
(結局、生き物とかが苦手な私はバスが気持ち悪くてすぐに辞めるのですがw)
「三平」の主な登場人物は主人公の釣りキチ少年の「三平」とその祖父である「一平じいちゃん」、釣りのプロの「魚紳さん」の三人なんですが、二度と「三平」を再開させない意図として、矢口氏は連載の最後で一平じいちゃんが死去する展開にしています。
・・が、83年に連載が終わってから18年後、漫画家生活30周年のパーティで、様々な人々が口にする「三平をまた見たい」との言葉に矢口氏は「三平の復活」を決意。
連載当時よりも更に殺伐とした今のご時世にこそ三平を描く意義があるのではという思いに至ったといいます。
その満を持しての「平成版」の三平の第一弾が「地底湖のキノシリマス」と題するもの。
2001年に脱稿したもので、丸々200ページ以上の書き下ろしを雑誌形式で発刊。
絶滅・クニマス、西湖にいた…さかなクン大発見
あらすじの概要は以下のようなもの。
一平じいちゃんが亡くなった後も相変わらず釣り三昧の三平。
「きのしります」という語彙になぜか聞き覚えがあった三平はどこで聞いたのか日々思いあぐねていると、それがじいちゃんからの言葉だったことを思い出す。
じいちゃんが晩年に三平にあたかも遺言かの如く語った中に「きのしります」が出てきたのだ。
当然、田沢湖は強酸性になってしまうのでそこに住む魚は全て絶滅することが目に見えている。
これを察した当時10代のじいちゃんは国策が行われる直前、人知れず地元の人間もよりつかない「双子池」と呼ばれる所に「きのしります」の500粒ほどの発芽卵を放流したという。
「生態系をいじった」という後ろめたさから、その後じいちゃんは池へ行ったこともなく、誰に語ることもなかった。
クニマスが自然繁殖しているかどうかの確証はないが、是非とも三平に釣ってもらいたいと語ったのだった。
三平はじいちゃんの死のショックで、その言葉をずっと失念していたのだった。
早速、その湖に向かった三平と魚紳さん。
(続きはマンガでどうぞw)
「キノシリマス」は地方名で「木の尻」の意。
薪などの燃えカスのことらしく、その黒さがクニマスと似ていることからその名が宛てられたらしい。
(まぁ最近でも諫早湾の件もありますけどね)
ただ、田沢湖が強酸性になってしまう前の昭和10年、三平のじいちゃんのように山梨県の本栖湖(もとすこ)と西湖(さいこ)にクニマスの受精卵10万粒が放流されたという記録に残っており、さかなクンが西湖で発見したのも合致するわけです。
・・が、このクニマスとヒメマスと呼ばれるものが似ていて、地元の人も見分けがつかなかったようです。
田沢湖は現在、中和作業が進められていて、既に一部の魚も住みついてるらしい。
それしても改めて「釣りキチ三平」の凄さを思い知らされた今回の大発見。
最後にこの大発見を予言(?)した矢口高雄先生のお言葉を一部紹介します。
今回の発見について寄せたものです。
(前略)
(「キノシリマスの地底湖」の)ドラマに着手した時のボクのスタンスは「キノシリマスは既にこの世にない、絶滅した固有種」として描くこと、でした。つまり、この様な愚考は二度と繰り返してはならないというメッセージを全頁に込めよう、と心の中で何度もつぶやき、描き進めました。
しかし、ボク自信のスタンスは確かにそうでしたが、もう一人のボクがいました。
夢と希望を持ち続けたいマンガ家の習性とでも申しましょうか。
結果、油汗を絞り出しながら考えたアイデアが地図にも載っていない地底湖であり、その湖底を泳ぐ失われたはずの「クニマス」の群れでした。
つまり、「地底湖のキノシリマス」の一論は、このシーンを描きたいがためのフィクションでしたし、人間の愚かさをデフォルメするための渾心の一シーンだったのです。
それが、富士五湖の一つ山梨県の西湖で発見されたというニュースです。驚きました。
ボクは思わず叫んでいました。
「まるでボクのマンガじゃないか・・・・!!」
そうです。ボクの「三平」のドラマが現実となったのです。
この感慨は「うれしい」などと言う通り一ペンの言葉では語り尽くせないものがありました。
しかし、ボク自信のスタンスは確かにそうでしたが、もう一人のボクがいました。
夢と希望を持ち続けたいマンガ家の習性とでも申しましょうか。
結果、油汗を絞り出しながら考えたアイデアが地図にも載っていない地底湖であり、その湖底を泳ぐ失われたはずの「クニマス」の群れでした。
つまり、「地底湖のキノシリマス」の一論は、このシーンを描きたいがためのフィクションでしたし、人間の愚かさをデフォルメするための渾心の一シーンだったのです。
それが、富士五湖の一つ山梨県の西湖で発見されたというニュースです。驚きました。
ボクは思わず叫んでいました。
「まるでボクのマンガじゃないか・・・・!!」
そうです。ボクの「三平」のドラマが現実となったのです。
この感慨は「うれしい」などと言う通り一ペンの言葉では語り尽くせないものがありました。
(中略)
年の瀬に至って、こんな明るいニュースに恵まれようとは、思っていませんでした。
この際是非「地底湖のキノシリマス」をもう一度お読みいただきたい。
きっと発表時とは違う感動が得られるでしょう。
(後略)
http://www.sampei33.jp/top/sampei-hp-top.htm
この際是非「地底湖のキノシリマス」をもう一度お読みいただきたい。
きっと発表時とは違う感動が得られるでしょう。
(後略)
http://www.sampei33.jp/top/sampei-hp-top.htm